毎日を楽しく無事に過ごすには心がけが必要だと感じます。
それは万が一何かがあったとしても大難を小難にしてくれることは間違いないようです。
大難にならないようにどのように行動する事が良いのかは【内観する】ことです。
これは常に行う自分自身の慣習的なものだと考えたほうが良いようです。
今日も定時に起床しルーティンを行ないます。
ご先祖様を意識して合掌します。
【いつもありがとう・ありがとう・ありがとう】
今日の院長の独り言
【必要な情報は求めている人にしか入らない】
何も知らなければそれはそれでいいと思います。
テレビや新聞・その他広告宣伝を信じるのもその方の人生の計画の一部ですから、それもいいと思います。
私は親切心からある情報を伝えたとしても、本氣でそれを必要としていなければ、その内容は全く無意味であり伝わらないのです。
この文章ですらそうだと思います。
相手にとっては必要のない理解できない文章なのです。
それはなすがままでいいと思います。
體や健康についての情報もその一つです。
私の親族の中にも體調が優れず、
病院・医者・薬(常備薬)に依存している傾向が多々あります。
そして今の病状に打開策を見つけられず、
【これさえしていればこれ以上悪くならないだろう。】
【偉い先生がそう言っていたから間違いない】
【常備薬があれば安心だ】
なんて考えている可能性があります。
病院や医者・薬に対するそれぞれの考えや流れがあります。
薬を飲まなければ介護保険を使う時、医者に書類をかいてもらえないから、医者との付き合いの為に薬を飲む。
血栓の無い心筋梗塞で病院に緊急入院し、数日間入院し退院後、数日で再度體調不良、別な薬を処方される。
両親が何かしらの病状や認知症症状で回りが大変である。
緑内障からの失明寸前である。
膀胱がんでカテーテルで排尿を管理
大腸がん術後数年で、時たま下腹部が痛くなる
片足を引きずって歩く
腰が痛い
身体が怠い
肩が異常に痛い
顎が痛い・・・・・
各自、それぞれ何かしらの體の異常を訴えているようですが、
私の知る限りではその情報を私が知ったところで伝える必要性はないのです。
一番近しい親族ですら、情報を得ようとはせず、真剣に話を聞き理解できる人はいません。
病氣になる要因として考えられるものは
【食餌】【医薬品】【感情的ストレス】
様々な情報は賛否両論あり、各自捉え方が違うため、
何を自分自身で選択し、自分にとっての正解と判断するのかが大切です。
一つ例に挙げてみると
【玄米がいい】【白米がいい】どっちがいい説
【どちらが良いとか悪いとか】【誰かがそういう風に言っていたから】を丸飲みするのではなく、自分で他の情報を集め、自分で考え、自分で行動し試すのです。
それから自分の體にとってどうであるかをジャッジすることです。
自分にとって良くても相手にとっては合わないことだってあります。
私は最近、親族に自分の情報を伝えたとしても伝わらないもどかしさで【イライラ】する事はありました。
その時は、何故イライラしているのかを自分なりに分析すると落ち着きます。
イライラしていると、他のことでもイライラし始めます。
別なイライラを探し始めるのです。
悪循環に早目に氣が付くことが一番です。
伝わらないのは相手が本氣でないからであり、その時期でもなく、その人の人生にヘタな情報は必要ないと考えれば、感情的になることもないと自身判断しました。
そう考えると
ちょっと前に知った言葉
【bot】
この世界の単なる一定の役割を演じる風景のような存在の人間
これを思い出しました。
いかに【bot】が多いことに氣付かされます。
あなたは【bot】ですか?
私の親族はbotばかりなのかもしれません。
でも、私も一つの役割を演じている【bot】なのかもしれませんけど・・・・
自分では【bot】ではないと勝手に自分で思っているだけかもしれません。
つまり、
必要な情報は自分で取りに行く、取ったら直ぐに丸飲みしない。
情報は全て話半分で聞き、自分自身で再度調べ腑に落ちるのであれば、それを信じればいいだけです。
人の考え方は千差万別
敵対しないように全て俯瞰してみましょう。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ゆうてんじ接骨院
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